東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3447号 判決 1976年11月25日
原告 馬場憲一
右訴訟代理人弁護士 伊達利知
同 溝呂木商太郎
同 伊達昭
同 沢田三知夫
同 奥山剛
被告 亀有信用金庫
右代表者代表理事 矢沢註二
右訴訟代理人弁護士 岡林辰雄
同 中田直人
同 谷村正太郎
同 白石光征
主文
一 原告の被告に対する昭和四二年七月一九日付金銭消費貸借連帯保証契約に基づく金九〇二万一〇〇〇円の債務の存在しないことを確認する。
二 被告は原告に対し別紙物件目録記載の土地及び建物について、東京法務局城北出張所
1 昭和四二年七月二九日受付
(一) 第四二五八四号根抵当権設定登記
(二) 第四二五八五号所有権移転請求権仮登記
(三) 第四二五八六号賃借権設定請求権仮登記
2 昭和四五年九月一四日受付第六五五〇四号九番根抵当権変更登記の各抹消登記手続をせよ。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
主文同旨の判決。
二 被告
一 原告の請求はいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙物件目録記載の土地、建物(以下、本件土地、建物という。)を所有している。
2 被告は、昭和四二年七月一九日訴外馬場和子と信用金庫取引約定書による取引契約を締結し、これに基づき同日、同訴外人に対し金銭消費貸借契約を締結して二三〇〇万円を貸付け(以下、本件主債務という。)、右取引契約及び金銭消費貸借契約につき原告が同訴外人の債務を連帯保証する旨の契約を締結し(以下、本件連帯保証債務という。)、かつ、本件主債務担保のため同日、本件土地、建物について別紙登記目録記載(一)の根抵当権設定、同(二)記載の代物弁済予約及び同(三)記載の賃借権設定予約の各契約(以下、本件(一)ないし(三)各担保設定契約という。)を締結し、ついで同四五年九月一〇日同目録記載(四)の根抵当権変更契約(以下、本件根抵当権変更契約という。)を締結したとして、これに基づいて同目録記載(一)ないし(四)の各登記(以下本件(一)ないし(四)の各登記という。)を了した。そして、被告は同四八年八月一七日本件主債務残額九〇二万一〇〇〇円に基づき本件土地、建物について不動産競売手続開始の申立をし、同月一八日東京地方裁判所において右開始決定がなされた。
3 しかし、原告は、被告との間で本件連帯保証債務を負担することを約したことも、本件(一)ないし(三)の各担保設定契約、及び(四)の根抵当権変更契約をしたこともない。
よって、原告は被告に対し、本件連帯保証債務の不存在確認及び本件(一)ないし(四)の各登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2は認める。同3は原告主張の各契約を原告が自らしたものでないことは認めるが、その余は争う。
三 抗弁
1 原告は、訴外和子に対し、昭和四二年七月一九日ころ本件連帯保証債務及び本件(一)ないし(三)各担保設定契約締結の代理権を与え、さらに同四五年九月一〇日ころ本件根抵当権変更契約締結の代理権を与えたものであり、訴外和子が右代理権に基づいて被告と右各契約を締結したものである。
2 仮に、訴外和子が右各代理権を有していなかったとしても、原告は訴外和子に対し、本件主債務のうち六七五万五一七五円につき連帯保証すること及び本件土地、建物に根抵当権を設定することの代理権を与えた。
ところが、訴外和子は、右代理権の範囲を越えた額の本件連帯保証契約及び本件(一)ないし(三)各担保設定契約を締結し、その後本件抵当権変更契約を締結した。
訴外和子の右権限踰越の行為について、被告は次に述べる諸事情から訴外和子に代理権ありと信じ、そう信ずることにつき正当の理由があった。
(一) 原告は、昭和三九年一〇月二七日、訴外躍る広告株式会社(以下、訴外会社という。)が被告から七五〇万円を借入れるにつき、被告と連帯保証契約を締結し、かつ本件土地について元本極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定したが、これらの手続はすべて訴外和子を代理人として行ったものである。
同年一二月三一日、訴外会社は、さらに被告から一〇〇万円を借入れたが、これについても原告は、同日訴外和子を代理人として被告と連帯保証契約を締結した。
(二) 原告は、同四〇年六月五日、訴外会社の右合計八五〇万円の債務の肩替り資金として八五〇万円を被告から借入れ、これにつき本件土地について極度額九〇〇万円の根抵当権を設定したが、右手続一切も訴外和子を代理人とするものであった。
さらに、原告は、同四〇年七月二九日、右八五〇万円の返済分と本件建物の建築資金の不足分二〇〇万円の合計一〇五〇万円を被告から借入れ(即日、右前借分八五〇万円を返済)、これについても訴外和子を原告の代理人として手続を行った。
(三) このように訴外和子は、従前から原告の代理行為をくり返し行っており、本件各契約についても従前の契約締結と同様に原告の実印と印鑑証明書を持参し、しかも本件主債務のうち六七五万五一七五円は原告の右(二)の残債務の弁済にあてられたものである。
3 仮に、訴外和子に右2の基本代理権がなかったとしても、原告は右2(一)(二)記載の各契約締結については訴外和子に代理権を与えていたのであるから、被告はその後右代理権消滅後の本件連帯保証契約及び本件(一)ないし(四)の各担保設定契約についても右2(三)の理由により訴外和子に代理権ありと信じ、そう信ずることにつき正当の事由がある。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は否認する。
2 同2、3のうち、被告に、訴外和子が原告の代理権を有すると信ずべき正当の事由があることを争い、その余は否認する。
五 再抗弁
仮に、抗弁2、3について被告において訴外和子に代理権ありと信じたとしても、一家の主婦に過ぎない者が高額の金銭の借入れをする場合、被告は金融機関であるから本件連帯保証債務及び本件(一)ないし(四)の各担保設定契約につき事前に原告に問合せるなどして訴外和子の代理権の存否を確認すべきであるにもかかわらず、これらの措置をとることを怠り、漫然と右各契約を締結したことは被告にとって重大な過失がある。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1、2の事実並びに本件連帯保証契約、本件(一)ないし(三)各担保設定契約及び本件抵当権変更契約が原告自ら締結したものでないことは、当事者間に争いがない。
二 訴外和子が右各契約締結の代理権を有したことについては証人馬場和子の証言以外にはこれを認めるに足りる証拠がなく、右証言は後記四、2掲記の証拠に照らしてたやすく信用できないから、右主張は理由がない。
三 原告が訴外和子に対し、本件主債務のうち六七五万五一七五円につき連帯保証すること及び本件土地、建物に右限度の根抵当権を設定することの基本代理権を与えたことについては本件全証拠によるもこれを認めることができないから、同主張も採用できない。
四 民法一一二条と一一〇条との表見代理について。
1 まず、従来の取引行為の代理につき考えるに、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 原告は戦後、都内葛飾区亀有五丁目二八番地所在の妻の実家に寄ぐうしながら、友人二人とともに銀座で広告業をはじめ、数年後にはこれを会社組織(「躍る広告株式会社」、以下、訴外会社という。)に改め、自ら代表取締役となった。
(二) 訴外会社は、国鉄から受領した有楽町駅ホームに設置した広告板撤去補償金をもって、昭和三九年三月三〇日本件土地を購入した。
(三) 原告は、本件土地上に約一五〇〇万円の予算でビルを建築することを企て、練馬区関町に所在する原告所有の土地及び亡母所有名義の土地を売却してこれにあてる他、不足分を被告から借入れることとし、たまたま訴外和子の父山口富三郎が当時の被告理事長であった矢口註二と懇意であったことから、右義父の紹介を得て右矢口に対し、「建物建築資金の融資方につきよろしく」と挨拶をしたうえ、右借入手続は訴外会社の計理を担当していた訴外浜田成雄及び訴外和子に委せた。原告は、このころから自室に置いてある自己の実印の保管を訴外和子にも委せるようになった。
(四)(1) 訴外会社は、昭和三九年一〇月二七日ころ被告から本件建物の建築資金として七五〇万円を借受け、訴外和子は原告の代理人として同日、右債務の連帯保証を約し、かつ本件土地について元本極度額一〇〇〇万円の根抵当権設定、代物弁済予約、賃借権予約の各契約を締結した。
(2) 訴外会社は、同年一二月ころ右建築資金の追加分として被告から一〇〇万円を借受けたが、訴外和子は原告の代理人として、同日、右債務の連帯保証を約した。
(五) 原告は、昭和三九年一二月一九日本件土地の所有権を同月三日付売買により取得した旨の登記手続を了し、訴外和子を代理人として、被告から
(1) 同四〇年六月五日ころ、前記(四)記載の訴外会社債務八五〇万円を弁済して同金額を借受け(借入申込書((乙第一〇号証))は、原告名下の印影が原告の印章により顕出されたことは争いがなく、原告氏名は訴外和子が訴外浜田をして記載させ、和子において保管中の原告の実印を権限に基づいてその名下に押捺したもの。後記同第一一号証も同じ。)、右債務の担保として本件土地に元本極度額九〇〇万円の根抵当権設定、代物弁済予約、賃借権予約の各契約を締結し、同月七日右各登記を了した。
(2) 同年七月二二日ころ本件建物工事の追加費用として二〇〇万円の融資を受けたが、被告において右債務を一本化する手続をとるため、被告の当時融資課長だった松田和男が原告から直接了解を得て債務額の右(1)(2)を合算した一〇五〇万円とし(右(1)の債務は同日弁済となる。)、その旨の借入申込書(乙第一一号証)を作成した。なお、訴外和子は原告の代理人として、同年九月二日右債務担保のため新築された本件建物に右(1)記載の各登記を了した。
訴外和子は右(1)(2)の各契約締結についてはいずれも原告の実印を持参して手続を行ったものである。
以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
右認定した事実によると、原告は訴外和子に対し、自己の実印の保管を託し、以上認定の各契約締結の代理権を付与していたものということができる。
2 次に本件連帯保証契約等の代理について考えるに、《証拠省略》に前記争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 訴外和子は、原告の経営する訴外会社の業蹟が有楽町駅広告板撤去のころから芳しくなくなったことから他に営業を持つことにしたが、これについて原告は、「自分は会社関係の仕事をするからその他の営業は和子の名義でするように。金策は和子のよいようにやれ。」と言ったこと、原告は訴外和子が金策の相談をすると、すぐ大声を出すので相談して事を処理することができない状況にあった。
(二) 訴外和子はそのころ父から譲り受けた亀有五丁目二八番地の土地、建物を処分して亀有三丁目に借家二件を購入したり、同四一年ころ日本橋信用金庫及び光信用金庫から融資を受けて足立区中川に借地権を取得したうえ、同地上に建物を建築して同所で喫茶店を開業したり、さらに葛飾区青戸にアパートを建てるなどしたが、右不動産はいずれも訴外和子名義で所有権取得の登記を了した。
(三) 訴外和子は、昭和四二年ころ原告の承諾を得て(但し原告が債務保証するについては確たる承諾を得ない。)葛飾区亀有一丁目(本件建物から約一分)に喫茶店「ラタン」を開店し、その資金九三二万円を被告から融資を受けることになったが、前記四1(五)記載の原告の残債務六七五万五一七五円の弁済が捗らないことから被告の希望で和子の主債務とし(訴外和子が被告から同額借入れてこれを原告の債務弁済として被告に交付する。)、さらに訴外和子が当時日本橋信用金庫から融資を受けていた約三八五万円及び光信用金庫から融資を受けていた約三六七万円を返済する資金を被告から借受けることとし、昭和四二年七月一九日以上の債務を合計した二三〇〇万円につき金銭消費貸借契約を締結した。
訴外和子は、同被告に対し、原告の了解を得ることなく無断で、信用取引約定書(乙第一号証)、根抵当権設定契約証書(同第二号証)、金銭消費貸借及び抵当権設定契約証書(同第三号証)の各連帯保証人欄、担保提供者欄に原告の氏名を記載し、その名下にかねてから保管している原告の実印を押捺して原告作成部分を完成させ、かつ、右担保設定登記に必要な委任状(原告名下の印影が原告の印章により顕出されたことは争いがなく、原告氏名は、証人馬場和子の証言により訴外和子が作成したものと認められる同号証の六の筆蹟と対比して同一であるから、和子が記載したものと認められる乙第四号証の四。)を権限なく作成して、本件(一)ないし(三)の各登記を了した。
(四) 訴外和子は、昭和四七年八月四日ころ原告と不和のため家出し、現に別居中であるが、家出前に原告に残したメモによると「私が好きかってでつくった借金は責任をもってかへします。」と記されている。
(五) 原告は、和子家出後の同年八月一七日ころ被告方に赴いて、はじめて本件債務の内容、存在を知った。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
以上認定の事実によると、訴外和子は本件主債務のうち六七五万五一七五円の更改契約についても、また、他の「ラタン」経営資金及び被告以外の他金庫に対する弁済のための融資についても原告から授権を得ることなく本件連帯保証契約並びに本件(一)ないし(三)の担保設定契約をしたことが明らかである。
3 よって、被告の正当理由の主張について考えるに、前認定の事実によると、訴外和子は前記四1(四)、(五)記載の従前の各行為については継続的に原告から代理権を授与されていたところ、授権のない本件各契約締結についても、従前の場合と同様に原告の実印と印鑑証明書を持参して手続を行ったこと、本件主債務中六七五万五一七五円の更改契約が、原告の旧債務の弁済となり、新債務が旧債務以上に原告に不利益を及ぼすものではないこと、などから被告が訴外和子に原告の代理権を有するものと信じたことが認められる。
4 よって進んで、被告に重大な過失が存するか否かにつき判断するに、およそ金融機関たる者は、夫婦の一方が主債務者となり他方をして人的保証をさせるかもしくは物的保証をさせる場合に、一方が他方の実印と印鑑証明書を所持し、しかもその者がかつてその金融機関において同様の方法により取引をしたことがあり、他方が右取引について異議を述べなかったことがあるからといって、従前の取引と質的にも量的にも異る新契約締結について、直ちに他方の授権があると判断するのは相当でなく、右新契約の締結について本人に代理権の有無を調査する必要があるものといわなければならない。
本件についてこれをみると、前説示の諸事情のもとでは、本件保証債務の額が原告の従前の取引額に比し相当多額であること、本件融資は従前の融資とは異質であることが認められるから、たとえ訴外和子が従前取引と同様に原告の実印と印鑑証明書を所持していたとしても、被告としては原告に面会するか電話をするなどして授権の有無を調査すべきであるところ、《証拠省略》によれば、本件融資当時の被告の係員は石川営業部長であったことが認められ(《証拠判断省略》)、右石川が原告に対し訴外和子の授権の有無を確かめたことについては主張立証がない。そうすると、被告には訴外和子に代理権ありと信じたことにつき重大な過失があるものというべきである。よって被告の該主張も失当である。
五 本件根抵当権変更契約について
《証拠省略》によると、本件根抵当権変更契約は、昭和四五年九月一〇日訴外和子が被告との間で、本件(一)の根抵当権の元本極度額二三〇〇万円を一三〇〇万円に変更するために締結したものであることが認められるところ、本件(一)の根抵当権設定契約が無効であることは前認定のとおりであるから、該契約を前提とする本件根抵当権変更契約も、その締結についての授権の有無を判断するまでもなく効力を生じないものといわなければならない。
六 被告が、本件主債務の残額九〇二万一〇〇〇円について昭和四八年八月一七日東京地方裁判所に本件土地、建物に対する不動産競売手続開始の申立をし、同月一八日同裁判所が右開始の決定をしたことは当事者間に争いがなく、かつ本件連帯債務について被告は本訴においてもその存在を主張して争っているのであるから、原告が本件連帯保証債務不存在の確認を求める利益があるというべきである。
七 よって、原告の請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 寺澤光子)
<以下省略>